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メロンの病原菌に感染する新規ウイルスを発見 ~実用化に向けた「球状」の粒子の存在を初確認~

メロンの病原菌に感染する新規ウイルスを発見
~実用化に向けた「球状」の粒子の存在を初確認~

  国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院生物制御科学部門の小松健准教授、森山裕充教授、茨城県農業総合センター園芸研究所の岡田亮博士、小河原孝司首席研究員(現:病害虫防除部長)、オハイオ州立大学のChien-Fu Wu博士、テルアビブ大学のUri Neri博士らによる国際研究グループは、メロンにつる割病を引き起こす植物病原菌から、新しいウイルスを発見しました。このウイルスは、進化的に「ひも状ウイルス」に近いグループに属しますが、これまでこのグループのウイルスでは粒子構造が確認されていませんでした。しかし今回、この新たなウイルスが粒子構造を持ち、さらにその形状が「ひも状」ではなく「球状」であることが世界で初めて明らかになりました。
 メロンつる割病は、土壌に生息する植物病原菌「フザリウム」の一種が引き起こす病害で、化学農薬による防除が難しいことで知られています。このような病害に対する新たな防除手段として、菌類に感染するウイルスの利用が注目されています。今回、メロンつる割病菌から発見された新たなウイルスが、精製が容易な「球状」の粒子を持つことを見出したことは、本ウイルスとその近縁ウイルスの生物農薬としての利用に道を拓くものです。今後、菌類に感染するウイルスを活用した防除技術の開発により、メロンをはじめとする重要農作物の安定生産への貢献が期待されます。

本研究成果は、2024年11月6日にVirus Evolution誌にオンライン掲載されました。
論文名:Identification of a novel mycovirus belonging to the "flexivirus”-related family with icosahedral virion
URL:https://academic.oup.com/ve/advance-article/doi/10.1093/ve/veae093/7877257

背景
 ウイルスは、人間だけでなく、植物や菌類を含むさまざまな生物に感染し、増殖する微小な寄生体です。細胞を持たないウイルスは、自身の遺伝情報を感染した植物(宿主)の細胞内に送り込み、その仕組みを利用して増殖します。この過程で、宿主である生物を弱らせたり、その性質を変化させたりすることがあります。一方で、ウイルスの中には、宿主にほとんど影響を与えず感染しているものも存在します。このようなウイルスには、特異な機能を持つものもあり、近年、研究者たちの関心を集めています。ウイルスは非常に小さく、通常の顕微鏡では観察できません。そのため、電子顕微鏡などの特別な装置や、ウイルスの遺伝情報であるゲノムを解析する技術が不可欠です。近年、ゲノム解析技術の進展により、これまで未知だった多種多様なウイルスが次々と発見されています。しかし、ウイルスの構造や宿主への感染?増殖の詳細については、ゲノム情報だけでは完全には解明できておらず、いまだ未知の部分が多く残されています。ウイルスは、ゲノム情報を保存する核酸(DNAもしくはRNA)と、それを包む外被タンパク質(注1)からから構成されています。外被タンパク質の種類によって、ウイルスの粒子の形状や性質が異なります。球状(正確には正二十面体)の粒子は、タンパク質でできた殻の中に核酸を保護できるためウイルスの活性が保持されやすく精製が容易であることから、宿主の病原体を防除する薬剤やワクチンに用いられるウイルス様粒子(VLP)(注2)としての利用が見込まれ、高い有用性があります。
 茨城県は全国有数のメロンの産地として知られていますが、その生産に深刻な影響を与えているのがメロンつる割病です。この病気は、土壌に生息する植物病原菌『フザリウム』というカビの一種が原因で発生し、植物に大きな被害をもたらします(図1)。さらに、化学農薬による防除が難しいため、効果的な対策が求められていました。そのため、茨城県農業総合センター生物工学研究所では、このつる割病菌に強いメロン品種の育成に取り組んできました。しかし、新しい品種の育成には時間がかかることや、味覚など作物としての性質を考慮に入れると、病気に強いという性質を付与するために使用できる品種が限られることが課題となっていました。そこで、茨城県農業総合センター園芸研究所が注目したのが、『菌類ウイルス』と呼ばれる、カビ(菌類)に感染する特殊なウイルスです。菌類ウイルスには、植物病原菌に感染してその活動を抑制する能力をもつものがあり、病害防除に有望とされています。菌類ウイルスは感染したカビの中で『2本鎖RNA』(注3)という物質を生成する特徴があり、この特性を利用することで簡単にウイルスを見つけることが可能です。これまでにも、アメリカでのクリ胴枯病対策に成功した例が知られています。この事例では、クリ胴枯病菌に感染する特定の菌類ウイルスを利用して、被害を食い止めることができました。このように、菌類ウイルスは環境に優しい農業を実現するための有力な手段として期待されています。しかし、多くの菌類ウイルスは遺伝情報を覆う粒子(注4)を持たないため、安定した形で製剤化し、農業現場で活用することが難しいという課題もあります。この課題を克服し、菌類ウイルスを実用化するための研究が進められてきました。

研究成果
 茨城県農業総合センター園芸研究所では、茨城県で分離したメロンつる割病菌から『2本鎖RNA』の存在を指標として菌類ウイルスをスクリーニングし、新しいウイルス Fusarium oxysporum icosahedral virus 1(FoIV1)を発見しました。FoIV1のゲノム核酸の配列の解析と、全てのウイルスが持つ複製酵素(注5)の遺伝情報を元にした系統解析(注6)の結果、本ウイルスは、これまでに植物や菌類のウイルスが見出されている、フレクシウイルス(ひも状の粒子を持つウイルス、という意味)の一群、デルタフレクシウイルス、と近い進化的関係を持つ新たなグループに含まれる新種であることがわかりました(図2)。本ウイルスは5つのタンパク質の情報をゲノムに持つと考えられましたが、いかなるウイルスにも見出される複製酵素以外の4つのタンパク質は、これまでに知られているウイルスのゲノム情報との類似性が低く、どのような役割を持つのかは推測できませんでした。
 FoIV1と同グループのウイルス、および近縁なデルタフレクシウイルスはこれまで全てが菌類から見出されていましたが、その粒子は発見されておらず、植物のフレクシウイルスのようにひも状の粒子を持つのか、多くの菌類ウイルスのように粒子を持たないのかは不明でした。そこで、新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院生物制御科学部門の森山裕充教授、小松健准教授らが詳細な解析を行いました。本研究チームではウイルス粒子精製の手法を改善し、超遠心法と分画遠心法(注7)によりウイルス粒子の精製を試みたところ、「ひも状ウイルス」のグループに属するウイルスにも関わらず、電子顕微鏡により球状の粒子が見出されました(図3A)。
 粒子を構成するアミノ酸を質量分析(注8)により解析したところ、得られたアミノ酸配列は、ORF4タンパク質と呼ばれる、FoIV1の4つ目のタンパク質の予想アミノ酸配列と一致していました。ORF4タンパク質を大腸菌で発現させこれに対する抗体(注9)を作出し、免疫学的な手法を用いて電子顕微鏡(注10)で観察された粒子を調べたところ、ORF4タンパク質抗体は球状の粒子に反応し、このタンパク質が球状粒子の構成成分であることが判明しました(図3B)。
 タンパク質立体構造予測AI、Alphafold(注11)によってORF4タンパク質の立体構造を解析したところ、本タンパク質は球状粒子を持つウイルスに保存されるsingle jelly-roll(SJR)と呼ばれる特徴的な部分構造を保持していました(図4)。そこで、FoIV1と同グループのウイルス、および近縁なデルタフレクシウイルスからSJRを持つタンパク質をAlphafoldで網羅的に探索したところ、約半数のウイルスはSJR構造のタンパク質を持つと予測されましたが、残り半数からはSJRは予測されず、SJRの有無は複製酵素から推定したウイルスの系統関係とは一致しませんでした。このことから、球状粒子は「フレクシウイルス」と呼ばれるひも状粒子を持つと考えられている一群のウイルスのうち、菌類ウイルスの一部だけが保持し、感染する宿主菌との相互作用に関わっていると考えられました。
 本研究では、これまで粒子構造がわかっていなかった菌類ウイルスから、球状粒子を同定することに成功しました。この成果は、伝統的な実験手法であるウイルス粒子精製と、近年急速に進展し、本年のノーベル賞を受賞したタンパク質立体構造予測AIを駆使した解析の融合によってもたらされました。

研究体制
 本研究は、国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院生物制御科学部門の小松健准教授、森山裕充教授、同大学大学院連合農学研究科のYi-Cheng Chang氏、北浦健太朗氏、茨城県農業総合センター園芸研究所の岡田亮博士、小河原孝司首席研究員(現病害虫防除部長)、オハイオ州立大学のChien-Fu Wu博士、テルアビブ大学のUri Neri博士による国際研究グループによって実施されました。なお、本研究の一部は、文部科学省特別電源所在県科学技術振興事業補助金(H30~R2)、JSPS科研費JP23H02211および新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】グローバルイノベーション研究院の助成を受けて実施されました。 

今後の展開
 今回、メロンつる割病菌から発見された新種のウイルスが、精製可能な球状粒子を持つことを明らかにした成果は、このウイルスやその近縁種を生物農薬として活用する可能性を大きく広げるものです。また、球状粒子を同定する方法の確立により、今回のウイルスに限らず、菌類の防除に役立つ他のウイルスについても、製剤化に必要な粒子構造の有無や精製の安定性を予測する道が開かれました。この成果を基に、環境に優しい防除技術の開発がさらに加速することが期待されます。

用語解説
注1 )外被タンパク質
 ウイルスのゲノム核酸を取り囲み保護するタンパク質で、キャプシドとも呼ばれる。サブユニットと呼ばれる単位が自発的に集合し、「ひも」や「棒」や「球」などの形をもつウイルス粒子(注4を参照)を形成する。植物と菌類のウイルスでは核酸と外被タンパク質だけの粒子が多いが、インフルエンザウイルスやコロナウイルスなどの動物ウイルスでは、外被タンパク質のさらに外側に脂質からなるエンベロープを持つものが多くみられる。
注2 )ウイルス様粒子(virus-like particle; VLP)
 ウイルスの感染に必要なゲノム核酸を持たず、外被タンパク質だけからなる粒子の形を持つ分子。免疫反応を引き起こす抗原性は本来のウイルスと同じため、感染リスクがなく、安全で有効なワクチンとして注目されている。子宮頸がんの原因ウイルスであるヒトパピローマウイルスのワクチンではVLPが用いられている。製造にはタンパク質の発現とVLPの精製が必要であり、球状の粒子を持つウイルスは精製が容易でVLPとしての利用に有利である。
注3 )2本鎖RNA
 RNA(リボ核酸)とは、リボヌクレオチドという単位が多数重合した核酸であり、4種の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、ウラシル)を含む。通常の生物では遺伝情報を格納するDNA(デオキシリボ核酸)を鋳型として1本鎖のRNAが合成されタンパク質の合成などに関わる。2本鎖RNAとは、互いにペアとなる塩基が並んだ2本のRNA鎖が結合したもので、通常の細胞にはほとんど存在しない。菌類ウイルスは遺伝情報を2本鎖RNAとして保持しており、感染した細胞で2本鎖RNAを多量に蓄積する。
注4 )粒子
 ウイルスのゲノム情報である核酸(RNAやDNA)を覆い保護する構造。外被タンパク質が多数自発的に集合して球状やひも状の構造となる。ウイルスは多くの場合、はじめに増殖した生物から、新たに健康な別個体への感染の拡大を粒子の形態で行う。菌類の胞子や植物の種子に含まれて感染を広げるタイプのウイルスなど、新たな個体に感染を広げる必要がない場合は粒子を持たない場合もある。
注5 )複製酵素
 ウイルスのゲノムを複製するための酵素。ほとんどのウイルスのゲノムにその遺伝情報が存在しており、ウイルスの進化と系統関係を推測するために用いられる。ウイルスには粒子とそれを形成する外被タンパク質の遺伝子を持たないものもあるため、ウイルスの分類は、粒子の形態ではなく複製酵素遺伝子の塩基配列の類似度が基準として用いられる。
注6 )系統解析
 生物の「家系図」を作る手法で、生物の進化の歴史や種同士の関係を解明できる。ゲノム核酸の配列を比較し、類似性が高いものを近くに、類似性が低いものを遠くに配置する「系統樹」という図を描き、その関係性を可視化する。現代では、コンピューターを活用して大量のデータを解析することで、生物の進化の歴史や病原体の広がり方などの解明が可能になっている。
注7 )分画遠心法
 生物試料を重さで分けるための手法。遠心分離機を用いて試料を高速で回転(遠心)させ、重いものから試験管の底に沈んでいく性質を利用して、複数回の遠心を組み合わせて多様な重さの分子により分けていく。特に高速で軽いものも分離できる手法を超遠心と呼ぶ。粒子を持つウイルスは感染細胞の他の成分とは異なる密度を持つため、分画遠心法により濃縮することが可能である。
注8 )質量分析
 物質の重さを極めて正確に測定する手法。タンパク質など調べたい物質に電気(イオン)を帯びさせ、これを真空空間で加速し電場や磁場の中を通過させ、帯びさせたイオンの強さと質量の比を測定し、これに基づき物質の重さを正確に測る。20種類のアミノ酸が複数つながった構造をしているタンパク質は、質量分析の解析を行うことによって、どのアミノ酸が何個どのような順番で含まれているかを知ることができる。
注9 )抗体
 哺乳類など脊椎動物の持つ獲得免疫と呼ばれる外敵排除の仕組みでB細胞と呼ばれる細胞が作る、外敵の持つタンパク質などの異物(これを抗原と呼ぶ)にぴったり(特異的に)くっつくことができるタンパク質。この特異的に結合するという性質を利用して、特定のタンパク質を標識してどこに存在するかを可視化することができるため、病気の診断などに用いられる。本研究では、大腸菌で作らせたORF4タンパク質をウサギに免疫して得られた抗体を用い、ORF4タンパク質が球状の粒子に存在していることを明らかにした。
注10 )電子顕微鏡
 通常の光学顕微鏡では見えないような極めて小さなものを観察できる特別な顕微鏡。普通の顕微鏡が光を使って物を拡大して見るのに対し、電子顕微鏡は電子の束を使って観察する。ウイルス粒子は光学顕微鏡では見えないほど微小であり、電子顕微鏡を使って初めて観察が可能になる。
注11 )Alphafold
 Googleの研究部門であるDeepMindが開発した、人工知能(AI)を使ってタンパク質の形(立体構造)を予測するコンピュータープログラム。アミノ酸がつながって形成されているタンパク質は細胞内で自発的に折りたたまれ、機能を持つ構造を形成するが、Alphafoldはこの折り畳み構造(fold)を深層学習により予測する。X線構造解析やNMR法と比べて手間がかからず、未知のタンパク質の機能の予測、タンパク質デザインによる新薬開発の効率化などが期待される。 

 

図1:メロンつる割病の病徴と被害。病原体であるFusarium oxysporum f. sp. melonisに引き起こされたメロンの地際部の病徴(左)。健全メロン圃場(中)とつる割病激発圃場(右)。

  

図2:発見された新しいウイルス Fusarium oxysporum icosahedral virus 1(FoIV1; 赤い星印)とその類縁ウイルスの関係を示す系統樹。FoIV1は「フレクシウイルス」という「ひも状粒子」を持つウイルスの一群とされた「デルタフレクシウイルス」のうち、4種のウイルスを含むグループBに属する。

   

図3:FoIV1の粒子の電子顕微鏡像。Aは通常の電子顕微鏡観察を行ったもので、直径30 nm程度の球状粒子が観察できる。BはORF4タンパク質抗体(黒色の粒)を反応させた粒子を電子顕微鏡で観察した画像。粒子のある部分にORF4タンパク質抗体が存在していることがわかる。

   

図4:FoIV1のORF4タンパク質のAlphafoldによる構造予測(左)。縦に並行に8本並ぶヘリックス(矢印)の折り畳まれ方(single jelly-roll(SJR))が、ひも状粒子を持つ「ティモウイルス」の仲間(カブ黄化モザイクウイルス)の外被タンパク質の決定された構造(中央)と類似している。同じフレクシウイルスのひも状粒子を持つジャガイモXウイルスの外被タンパク質の決定された構造(右)とは構造が異なる。

   




◆研究に関する問い合わせ◆

 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院  
  生物制御科学部門 准教授
  小松 健(こまつ けん)
   TEL/FAX:042-367-5691
   E-mail:akomatsu(ここに@をいれてください)cc.wxanhx.com

 茨城県農業総合センター 
  園芸研究所 研究調整監
  寺門 巌(てらかど いわお)
   TEL:0299-45-8342
   E-mail:enken(ここに@をいれてください)pref.ibaraki.lg.jp

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プレスリリース(PDF:758.4B)

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