流路デバイスを用いて抗がん剤の効果と副作用の同時評価システムを開発 ~副作用発症の予測や細胞間相互作用の解明への利用に期待~
流路デバイスを用いて抗がん剤の効果と副作用の同時評価システムを開発
~副作用発症の予測や細胞間相互作用の解明への利用に期待~
国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】農学部共同獣医学科の小林由季氏(学部6年)、橋詰穂香氏(学部5年)、同大学大学院工学府工学専攻の滝口創太郎氏(当時博士課程2年)、Jiajue Ji氏(博士課程2年)、同大学大学院工学研究院生命機能科学部門の川野竜司教授、同大学大学院農学研究院動物生命科学部門の臼井達哉准教授、同大学農学部附属感染症未来疫学研究センターの大松勉准教授らは、がんと正常のオルガノイド(複数の細胞種から構成される三次元培養組織体)を搭載したマイクロ流路デバイスを用いて抗がん剤の効果と副作用を同時に評価可能なシステムを確立することに成功しました。本成果は、抗がん剤による副作用発症の予測やがん細胞と正常細胞の細胞間相互作用の解明のために活用されることが期待されます。
本研究成果は、「Scientific Reports」(2025年1月2日付)にオンライン掲載されました。
論文名:A microfluidics platform for simultaneous evaluation of sensitivity and side effects of anti-cancer drugs using a three-dimensional culture method
URL:https://www.nature.com/articles/s41598-024-84297-0
現状
悪性腫瘍は犬や猫の最も一般的な死因であり、犬の死亡原因の半数以上を、猫の死亡原因の3分の1を占めていると推定されています。動物に対しても人間と同様に抗がん剤を使った治療を選択するケースが多く、様々な動物用抗がん剤も増えてきていますが、抗がん剤治療には患者に重篤な副作用を引き起こす可能性があります。また、腫瘍に対する抗がん剤の効果が不十分であることや抗がん剤への耐性も懸念されますが、治療前に試験管内で抗がん剤の効果と副作用を同時に評価することは困難でした。
近年、新たな臓器モデルや疾患モデルとして多細胞組織や臓器の機能を模倣するための細胞培養装置であるオーガンオンチップシステムが着目されています。オーガンオンチップシステムは生体模倣システム(MPS)とも呼ばれ、流路デバイスを用いて生体の複雑な機能をモデル化することで、細胞間相互作用や高度な生理機能を再現することができるとされています。
また、二次元培養細胞よりも生体内組織に近い性質を持つオルガノイド培養法もオーガンオンチップシステムと合わせて、疾患モデルとして注目されています。オルガノイドは複数の細胞種から構成される三次元培養組織体であり、当研究室ではこれまでに犬の正常組織や癌組織からオルガノイドを培養する方法を確立してきました (Elbadawy et al., Cancer Sci. 2019, Biomed Pharmacother, 2022)。また、人の乳がんの自然発症モデルとして猫の乳がんに着目し、猫乳がんオルガノイドの最適な培養法を同定し (特願2021-071308)、病態モデルとしての有用性を明らかにしてきました(Abugomaa et al., Biomed Pharmacother, 2022, Liu et al., J Vet Med Sci. 2024)。
研究体制
新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】、東京海洋大学の研究グループの共同研究として実施されました。本研究は、JSPS科研費挑戦的研究(萌芽)JP 22K19241の支援を受けて行われたものです。
著者
小林由季1、橋詰穂乃香1、滝口創太郎1、Jiajue Ji1、川野竜司1、小祝敬一郎2、山本晴1、Mohamed Elbadawy1、大松勉1、Amira Abugomaa1、金田正弘1、臼井達哉1、佐々木一昭1
* 1新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】、2東京海洋大学
研究成果
本研究では、猫乳がんオルガノイドとマウス正常腸オルガノイドを搭載した流路デバイスを用いて、猫乳がんオルガノイドに対する抗がん剤の効果を調べると同時に、マウス正常腸オルガノイドに対する抗がん剤の副作用(消化器障害)を評価するシステムの確立を試み、その有用性について検証しました(図1)。乳がん罹患猫から作成した乳がんオルガノイドとマウスの腸から作成したマウス腸オルガノイドをCAD設計?アクリル切削加工により作製したマイクロ流路デバイス内の各チャンバーに搭載し、9.5 ?l /分の速度で抗がん剤であるトセラニブを灌流しました。48時間後に、乳がんオルガノイドと正常腸オルガノイドをデバイスから回収し、生/死(live/dead)染色を行ったところ、両オルガノイドにおいて抗がん剤の灌流によって、非灌流時に比べて顕著な細胞死の増加が認められました。猫乳がんオルガノイドにおいてはアポトーシス関連遺伝子の発現が上昇したことから、灌流によってアポトーシス(注1)の誘導が増強されることが示されました。一方、マウス正常腸オルガノイドにおいては、アポトーシス関連遺伝子の発現に変化はありませんでしたが、別の細胞死経路であるネクローシス(注2)の関連遺伝子の発現増加が認められました。
そこで、トセラニブとネクローシス阻害剤であるHS-1371の合剤の灌流を48時間行ったところ、乳がんオルガノイドにおいてはトセラニブ単剤灌流に比べて細胞の死滅率やアポトーシスの誘導に差はありませんでした。腸オルガノイドにおいては、HS-1371をトセラニブと同時に灌流させることでトセラニブ単剤灌流に比べて細胞生存率が回復しました(図2)。これらの結果から、抗がん剤灌流による腸オルガノイドの細胞死誘導にはネクローシス経路の活性化が関与している可能性が示唆されました。
さらに、流体力学シミュレーションCOMSOLを用いて、デバイス内のチャンバーの位置による流速の違いと灌流によるオルガノイドへの薬剤の浸透を可視化することで、灌流時のチャンバーの位置によって流速や薬剤濃度に違いが生じることや灌流によってオルガノイド内の薬剤濃度が上昇することも示されました(図3)。
今後の展開
本研究では、がんと正常の臓器由来のオルガノイドを搭載した流路デバイスを用いることで、抗がん剤の効果と副作用を同時に評価できる可能性が示されました。また、抗がん剤の灌流は乳がん細胞ではアポトーシスを促進し、正常腸管細胞ではネクローシスを誘導していることが示唆されました。
生体内環境や臓器構造を模倣したオーガンオンチップシステムは従来の細胞培養モデルよりも抗がん剤に暴露された細胞の機能をより正確に評価できるため、がん細胞が産生する生理活性物質や代謝産物が他のがん細胞や正常細胞に及ぼす影響をより深く理解することができる可能性があります。また、本システムは、患者由来の培養細胞を用いた個別化医療の一翼を担い、生物学的メカニズムの一部を試験管内で再現することで新たな治療法の発見につながる可能性も考えられます。
今後は本システムを更に改良することで、抗がん剤による副作用発症の詳細なメカニズムや腫瘍細胞と正常細胞の細胞間相互作用の解明のために活用されることが期待できます。
用語解説
注1)アポトーシス
多細胞生物の細胞において様々な生理的?病理的要因によって誘導される能動的な細胞死のこと。ネクローシスの対義語。
注2)ネクローシス
多細胞生物の細胞において栄養不足、外傷などの外的要因により起こる受動的な細胞死のこと。アポトーシスの対義語。
◆研究に関する問い合わせ◆
新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院
動物生命科学部門 准教授
臼井?達哉(うすい?たつや)
TEL/FAX:042‐367‐5770
E-mail:fu7085(ここに@をいれてください)go.wxanhx.com
WEBサイト:http://vet-pharmacol.com/
プレスリリース(PDF:637.5KB)
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